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(一)
ある観光地の、ある観光施設の食堂で。私が蕎麦など食べていると、後ろのテーブルに、
10 人ほどのお年寄り(老年人)たちが座りました。そこへ、お手洗いから戻ってきた一人
のおばあちゃん。
「何食べる?」
と仲間から聞かれると、おばあちゃんはすぐに、「皆と同じものがいい」と答えました。
すると周囲のお年寄りたちは、異口同音に、「じゃあ、刺身定食 10 個!」と注文したの
ですが、私はその会話を耳にして、一種の感慨に打たれました。すなわち、「日本の平和
って、このように保たれてきたのだなぁ」と。
おばあちゃんは、「皆と同じもの『で』いい」ではなく、「皆と同じもの『が』いい」と
言いました。「皆が食べるもの」こそが自分が食べたいものなのだ、ということなのです。
そのお年寄りたちは、おそらくどこかの地域の老人会の旅行という感じ。そのおばあち
ゃんは、若い頃からずっと「皆と同じ」を貫く(贯彻)ことによって、地域共同体の中で、
波風を立てずに暮らしてきたのだと思います。
今の若者はもう、そのような姿勢は持っていません。食べたいものは人それぞれ。誰か
が刺身定食を食べるとしたら、「じゃあ私は、海鮮丼」「私は鰻定食で」と、ばらばらのも
のを食べないとつまらない、という頭もある。
外国人の皆さんも、「皆と同じものがいい」と言う日本人を見たら、「オゥ、自分が食べ
たいものがわからないのですか?」
と、驚くことでしょう。
お年寄りたちは、楽しそうに刺身定食を食べていました。おそらく彼等には、「老人会
の旅行に参加しない」という選択も、無かったと思われます。おそらくお年寄りたちにと
って、旅先(旅行目的地)で何を見るかとか、何を食べるかなどは、どうでもいいことな
のです。彼等にとって重要なのは、「皆と一緒に旅行する」ということ。「どこへ行くか」
さえ、取るに足らない(不值一提)問題かもしれません。